近年、「インスタ映え」なる言葉が飲食業界をにぎわせて久しい。
(インスタとは、おおざっぱにいえば写真を世間に公表するものだそうで、
要は「写真写り」のことだろう)
その勢いはすさまじく、我が店のような場末の小さな居酒屋にも
「今のトレンドはパクチーでインスタ映え!」
「インスタ映えメニューで若者を呼び込もう!」
なんてお声がかかるほどだ。
カラフルなスイーツやおしゃれな街並みで町中インスタ映え的な趣のある
自由が丘の一角を占める我が店ではあるが、この「インスタ映え」の流行については、
申し訳ないが丁重&低姿勢にてお断りをさせていただいている。
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ここでひとつ、笑い話をしよう。
登場人物はもちろん我が店の頓馬な従業員だ。
はるか昔、従業員が学生だったころ、一時期かわいいお弁当にあこがれたという。
昨日の煮魚や煮しめた芋で埋め尽くされた、ロマンの欠片もない親の弁当はうんざりだ。
同じ弁当でももっとおしゃれで、カラフルで、かわいくて、
今でいう「キャラ弁」みたいなお弁当が食べたい!!!
そうして従業員とその友人たち一同は親からの弁当を断って、
昼休みに手作り弁当を自慢する会を開いたそうだ。
全員が片手に乗るような小さくてかわいい幼稚園サイズのお弁当箱に買い替え、
ふたを開けると桜でんぶときれいな黄色の卵そぼろで菜の花畑、
飾り切りしたにんじんと青菜でつくったチューリップ、
その隙間からたこさんウインナやプチトマト、顔のついたウズラの卵がこんにちは。
今の世ならまさにインスタにアップしてしかるべき華やかさだった。
ああ、この可愛さ、華やかさ。私たちが求めていたランチタイムはこれだった…!
自分たちの弁当の彩りと出来栄えに大満足した学生時代の従業員たちであったが、
一口食べた瞬間にその美しいランチタイムは崩壊した。
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例えば賢明なるお客さま方がご自身で炒り卵を作るとしたら、といた玉子に醤油や塩、
砂糖やみりんでさっと味付けをするだろう。
好みでだし汁や青のりなどを入れても大変おいしい。
だが従業員とその同好の氏は、そのすべてを拒絶した。
玉子に醤油やだし汁なんて言語道断。せっかくの黄色が濁ってしまう。
菜っ葉もおひたしや胡麻和えじゃ色が汚いから塩ゆでで。
たこさんウインナも油でいためるとギトギトしててかわいくない。ここは茹で一択だ!
と、素材の色合いだけをこれでもかと追及していったところ、
最終的に塩ゆでの野菜と味のしないおかず(唯一まともに味がするのは桜でんぶのみ)で
もそもそと冷や飯を消費する地獄のランチタイムとなったのだ。
まだマリネも岩塩もオリーブオイルもなかった昭和の時代、
しかも片田舎の学生だった従業員たちにはこれが限界だった。
それでも親の弁当を断った手前、数か月はがんばったという。
その間にブロッコリーの下にマヨネーズを隠す技を発見した人が英雄扱いされたり、
ひと足先に脱落したものの、ランチョンマットを手縫いすることで
かわいさへの忠誠を示すメンバーが現れたり、
幼稚園サイズの弁当箱に無理やり米を詰め込んでしゃもじをへし折るものが現れたりと、
様々などうでもいいエピソードが生まれては散っていった。
最後にはカラフル&味なし弁当とともに「味しお」を瓶ごと持参するものがあらわれ、
しかもそれを全員で回し使ってしまったことで完全に心が折れたそうだ。
こんなの全然おしゃれじゃない……
その日を境に従業員とその一同は親に詫びを入れ、以前のように
無骨なお弁当箱で親の弁当を食べる日々に戻った。
ふたを開けると今までの色鮮やかな世界とは大違い。
醤油で茶ばんだ玉子焼き、昨日の残りの煮た魚。冴えない色の胡麻和えに炒め物。
一口、二口と食べ進むうち、だれともなしにつぶやいたという。
「おいしい料理って、茶色いんだねえ」
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「おいしい料理は茶色い」
従業員が身をもって経験したこの世の真理であり、
なんでもあるがこだわりはない我が店の数少ないモットーである。
そんなわけで我が店マジョリカは「インスタ映え」より「飲食映え」、
多少見目が茶色くとも、食べておいしい、お酒のすすむメニューに注力していくので
お客さま方にはどうか暖かく見守ってほしい。
脂身が魅惑的にとろける豚の角煮。茶色い上にドロドロだが味は申し分ない。
豚肉と野沢菜炒め。漬物を炒める新発想。野沢菜のシャキッと爽やかな歯ごたえと
ちょっと濃いめの味付けはご飯もビールもぐいぐい進むが、これもまた茶色い。
なお、「味も見た目も両方いい方がいいのでは?」と思われるお客さまも
多くいらっしゃるとは思うが、その疑問はひっそりと胸の奥にしまっておいて
いただけると大変ありがたい。
(頓馬な従業員は二つのことを同時にするのが苦手なのだ)
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